けいぼーのブログ

早稲田大学に通いながら、メディア運営・IT企業勤務・ハンドボール指導者として活動している筆者のブログです。

「根拠のない自信」の恐ろしさ

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こんにちは、けいぼーです。

 

突然ですが皆さん、「根拠のない自信」は必要だと感じますか?

 

「根拠のない自信」は、いろんな方が持つべきであると言っています。

堀江貴文さん、ドラゴン桜の桜木先生(厳密には作者の三田先生)など…。

 

ただ、「根拠のない自信」にはとんでもない恐ろしさがあることを知っていますか?

そして、たいていの「根拠のない自信」の持ち主は、この恐ろしさの餌食になっています。

 

そこで、今回は「根拠のない自信」の恐ろしさについて語っていきます。

 

それでは、いきましょう。

 

たしかに「根拠のない自信」は必要

「根拠のない自信」の恐ろしさを語る前に。

まず一言。

 

たしかに、「根拠のない自信」は必要です。

会社の重要プロジェクトを任されたとき、資格試験の学習に取り組むとき…

新しいことに取り組む時は、「根拠のない自信」があった方が成功しやすいのは事実です。

 

そもそも新しいことに取り組んでいるのだから、「根拠のある自信」を持てるはずないし、「自信」それ自体がないと、たいていのことはうまくいきませんよね。

 

ただ、この「根拠のない自信」。

持っておくに越したことはないんですが、ある恐ろしさを秘めているのです。

 

行き過ぎた「根拠のない自信」の恐ろしさ

なにか新しいことに取り組む時、

「なんかわかんないけど、できそう!」

「やればできる!なんとなくだけどw」

って思えるのはものすごく大事です。

そういった根拠のない自信は、自分の行動意欲に拍車をかけます。

 

「どうせ、できないし」

「やっても無理じゃん」

っていう状態では、いつまで経っても進歩がありません。

自信のない人間は、いつまで経っても行動できないからです。

 

ただ、普段はいいものである「根拠のない自信」が行き過ぎると、ある恐ろしいものにかわるんですよ。

 

それは、「慢心」です。

「根拠のない自信」が肥大化し、「慢心」へと変わるのです。

 

「やればできる」から「俺すげえ」へ

「やればできる」という、根拠のない自信は、新しいことに取り組むとき必要なんです。

 

ただ、それが行き過ぎると、

「いや、意識高い俺すげえ」

と、

行動しようとしている自分に対して、「俺すげぇ」って気持ちに変わるんです。

 

「インターン探してる俺すげぇ」

「ビジネスしようとしたら俺すげえ」

と、行動前の自分に満足してしまうのです。

 

行動前の自分に満足してくると、そこであなたの成長は止まります。

なぜなら、あなたはもう行動する前の自分自身に酔ってしまってるから。

 

もう、新しいことに取り組む・または目標を目指す気なんてサラサラなくて、意識高い自分に酔いきってます。

痛々しい意識高い系は、大概ここに属します。

 

では、どうすればよいのか?

では、どのようにしたら「根拠のない自信」を有効に使えるのでしょうか。

 

それは、「根拠のない自信」を持ちつつ、「天才ではない」という意識を持つことです。

謙虚という名の、自己否定をすることです。

 

「根拠のない自信」→やれば、できる

「天才ではない」→やらないと、できない

という、正反対の意識を持ち合わせていないと、「根拠のない自信」はどんどん慢心へと変わっていきます。

 

「やればできる」という根拠のない自信からの行動促進、と同時に「天才ではない」ということの認識からの行動促進。

2つの全く違う方面からのアプローチをかけましょう。

 

逆に、「天才ではない」という意識が強まりすぎると、

「ああ、俺何やってんだろ」

「俺なんてクズだクズ」

と自己嫌悪に変わってしまいます。

 

「根拠のない自信」・「天才ではない」という意識。

2つ両端にある意識を、いい塩梅で待ち続けましょう。

 

 

 

なんで、こんな記事書いたかって?

 

 

 

 

俺が、「慢心」してるからだよ。