なにやっても批判されるんだったら、好きなことがやりたい。

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周りの目を気にしすぎて、周りの声に耳を傾けすぎて、好きなことができない。

本当にやりたいことができない。

 

本当にやりたいことがわからないというのもあるんですが、

ちいさな「やりたい」という気持ちを、周りの目・声のせいにして、やってこなかった。

 

でも、それってめちゃくちゃ損してるってやっと気が付きました。

 

「無理だ」と言われて、諦めた東大受験

ぼくの通っていた高校は、そんなに偏差値が高くなくて、東大合格者が100何年の歴史で1人しかいないという高校でした。

 

なので、東大を受けるという人は、生徒はもちろん先生からも「無理だよw」と言われる風潮のあった学校でした。

 

ただ、僕はずっと東大に行きたかった。

なんでかはわからない。ただ、一番になりたかったからかもしれない。

 

でも、結局ぼくは違う大学に通ってます。

落ちたわけじゃありません。受けてもないんです。

 

周りの声に耳を傾けすぎて、東大を受けなかったことを今でも後悔してる。

 

「偏差値が高いから」と言われなんとなく入った学部

そんな感じで、そこそこの大学には入れたのですが、本当に行きたい学部に進めてない。

 

周りの

「偏差値が高いから!」

「潰しがきくから!」

という声に耳を傾けすぎた。

 

ぼくの志望学部は別のところだったのですが、今は志望学部でないところに通っています。

でも、志望学部には受かったんです。受かったのに、行かなかった。

 

東大を受けなかった時に同じ後悔をしてるのに、その教訓を生かせていない。

 

でも結局、どこいっても批判はされる

こうして、周りの目や声に流されて生きてきた。

 

ずっと強がってるけど、自分軸なんてどこにもない人間です。

 

でも、気がついたんです。

どう転んでも、どこ行っても批判は受けるんだなって。

 

東大を受けなかったときは、高校の友達に

「まあ、そりゃそうでしょw」

的なことを言われていたので、なにも気にしていなかった。

 

ただ、大学に入った後に、

「あの成績取れてたなら、浪人して希望あったんじゃない?」

と言われるようになった。

結果論ではあるが。

 

その意見が極論化して、大学入学後には、

「受けなかったのはにげだよねw、とりあえず受ければよかったのに」

と進学高出身の友達に言われるようになった。

 

また、学部の件も、

「行きたい学部が明確にある人なんて少ないんだから、行きたい学部行ったほうがいいに決まってんじゃん」

と言われた。

 

「なんなんだよ、どっちなんだよ。」

と思うようになった。

 

なら、自由に好き勝手に生きたほうがいいわ

どう転んでも、批判される。

どう転んでも、何か言われる。

 

だったら、やりたいこと・できないことやったほうがいい。

 

こんなのは軒並みの発言かもしれないけど、自分は身をもって痛感してる。

 

もうやりたいことから目をそらすのはやだ。

好き勝手に生きます。

 

ほっておいてください。