けいぼーのブログ

早稲田大学に通いながら、メディア運営・IT企業勤務・ハンドボール指導者として活動している筆者のブログです。

「学歴・資格不要論」は危険すぎる。「学歴・資格不要論」をはき違えている人たちへ。

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学歴・資格と言われたら、どんなイメージをもちますか?

 

昨今では、学歴や資格を持っていない人たちでも、十分に飯を食べていけるようになりました。

ネットを使いこなせれば、学歴・資格を問わず、個人で働くことができます。

そういったこともあり、最近では「学歴・資格不要論」という暴論がひとり歩きしています。

 

たしかに、かの有名なホリエモンも「学歴・資格はいらない」と言っています。

しかし、本当にそうでしょうか?

ぼくは、必ずしもそうは思いません。

 

なぜ、ぼくが「学歴・資格不要論」を否定するのか?

今回はその理由について書いていこうと思います。

 

「学歴も資格も取れない人」のただの言い訳になっている

この主張の最大の危険性はここにあると思います。

この主張の最大の危険性は、なにも成し遂げていない人のただの言い訳になっていることが多いということです。

 

たいして努力をした経験をもたない意識高い系の勘違い野郎が、

ホリエモンやイケダハヤトの「学歴・資格不要論」を聞いて、

「学歴・資格なんていらないんだ!」

と言っているだけのケースが本当に多い。

 

彼らは、「学歴・資格」のいらない場所で成功した結果として、それを言っているわけです。

学歴をもってみたものの、それがいらないと感じたから、という結果論なんです。

 

なのにもかかわらず、何の努力も成果も出していない人間が、

「学歴・資格いらないよね」

なんて勘違いはなはだしい。

じゃあ、君には何ができるの?

君は何者なの?

 

たしかに、学歴や資格があるからと言って、お金を支給されるわけではありません。

他の能力をもったかたなら、学歴・資格はいらないと感じるでしょう。

たとえば、ホリエモン。

彼は東大中退ですが、プログラミングなどのパソコンスキルに長けていたから、あの成功ができたわけです。

そして、その時代のブランディングが今の仕事につながっているのです。

 

成功者の結果論としてなら、ぼくも全然納得がいきます。

むしろ、それが正しいとも感じます。

しかし、「学歴・資格」すらも取れず、何の結果も出せていない人間がこんなことを言う資格はありません。

そういったことから、この論理だけが独り歩きするのは、ものすごく危険なんです。

 

自分が何者でもないうちは、せめて「学歴・資格」くらい持て

何者にもなれていないうちから、

「学歴・資格はいらないんだー!!」

ってやつ、ほんまにアホなんか?

 

たしかに、「学歴・資格」を持っている人なんて、めちゃくちゃいます。

それだけだったら、まあ埋もれるでしょう。

高学歴ワーキングプアがそのいい例です。

 

しかし、自分が何者でもないうちから、この論理に逃げるのは本当に危険すぎる。

自分の逃げ道にしているなら、まあ勝手にしてくださいって感じです。

 

自分のやりたいことがわからない・自分が何者であるかわからないと悩んで時間を食うくらいなら、1-2年かけて学歴や資格をとってしまったほうが全然いいですよ。

それだけで、1億人のうちの何人かには入れるんですから。

 

学歴があれば塾講師にはなれるし、資格もその資格の講師になれる。

つぶしが効くんです。

 

学歴・資格を持った後に、自分のやりたいことが見つかって、学歴・資格のいらない分野に飛び込んだ結果、

「学歴・資格不要論」に行きつくならわかるんです。

 

ただ、自分が何者にもなれずもがいている期間がめちゃくちゃ長いのであれば、せめて「学歴・資格」をとりましょう。

もがいている時間が決して無駄とは言えませんが、もがいている自分に酔っているよりは全然ましだと思います。

 

「学歴・資格」は手っ取り早い成功体験。自信につながった結果、ほかの成功体験につなげられる。

「学歴・資格」というもの自体が不要という論理はわかるんです。

 

しかし、「学歴・資格」の価値はそれ自体にあるのではなく、「学歴・資格」を得たという成功体験に価値があるんです。

「学歴・資格」を得たという成功体験が、自分のこれからの自信につながっていくんです。

 

成功体験から得た自信が、また成功を導いてくれる、そのための最初の手っ取り早い手段が

「学歴・資格」なんです。

 

「学歴・資格」なんて、参考書を1年くらいかければ、誰にだって手に入れられるものですから。

本当にコスパのいい成功体験です。

 

「学歴・資格」に代替できるような成功体験があるならば、「学歴・資格」は不要でしょう。

ただ、結果論に惑わされて、言い訳にするのはおかしい。

 

まあ、それが言いたかっただけです。